
10月8日の「宿屋塾 ホテル経営研究会」で、「AIによって旅行はどう変わるか?」をテーマに講演させていただきました。
そこでお話した「AIが消費行動をどう変えるのか・AIに推薦される宿の条件・そしてAIを業務に導入するタイミング」について、この記事でかいつまんで伝えたいと思います。
講演の概要
イベント:宿屋塾 ホテル経営研究会(2026年10月8日)
テーマ:AIによって旅行はどう変わるか?
講演者:永田諒(株式会社CHILLNN 代表取締役CEO・CTO)
自己紹介
私は東京大学在学中にCHILLNNを創業し、CTOとしてゼロからプロダクトを開発してきました。現在はCEOとして経営を担いながら、宿泊事業者向けの直販システム「CHILLNN」を累計2,100施設に提供しています。
今日お話しすること
まず、市場のルールを決める「AIエージェントの2つの行動原理」を説明します。そのうえで、次の3つの問いに答えていきます。
AIは消費行動をどう変えるか?
AIに推薦してもらうには?
AIを業務に導入するには?

前提:市場のルールを決める「AIエージェントの2つの行動原理」
AIエージェントが世界や市場、業務をどう変えていくのか。
私は、すべての議論はこの2つの原理から説明できると考えています。
原理① 合理的なエージェントとして振る舞う
「AIが世界中の選択肢から、自分にぴったりの一つを見つけてくれる」とよく言われますが、正直なところ、それはなかなか実現しません。世界の情報は指数関数的に増えており、有用な情報の割合は相対的に減り続けています。すべてを探索しようとすると、トークンコストと、ページを参照するための時間がかかります。精度を上げるために回答まで1〜2時間待たされるのでは、実用になりませんよね。
そのためAIエージェントは、コスト・応答時間・回答精度のトレードオフの中で、いま市場にある手段のうち最も合理的なものを選んで動きます。
原理② ユーザーからの信頼を最も重視する
AIエージェントを提供するAnthropic、OpenAI、Googleといったビッグテックは、シェアを奪い合っています。私たちがどのエージェントを使うかを決めるとき、選ぶのは最も信頼できる回答を返すエージェントです。信頼できないエージェントに個人情報を渡したり、判断を任せたりはしないでしょう。
裏を返せば、回答や判断の精度を上げられる情報が市場に公開されていれば、エージェントはそれを使わざるを得ません。使わなければ、ユーザーの信頼を失っていくからです。
この2つを前提にすれば、あらゆるプロダクトやビッグテックの動きは大きく予想できると考えています。

問い1:AIは消費行動をどう変えるか?
少し前まで私は、AIによって人の価値観がどう変わり、消費はどうあるべきかという問いから、市場の行方を予想しようとしていました。でもあるとき、それは無駄だと気づきました。
私たちのように宿泊事業者向けのSaaSを提供する場合、顧客の考え方や価値観はある程度絞り込めます。しかしAIエージェントのターゲットは全世界の全人類です。特定の思想や価値観に偏ればシェアを失うリスクがあるので、AIは必ず「誰にとっても便利」な方向へ進化していきます。
では、私たちのような新興企業がビッグテックに割って入れるかといえば、それは無理です。モデル開発に必要な資本はありませんし、各社が大赤字の中で戦い続けることもできません。
そこで、私たちのようなITベンダーがAIの変える世界にどう関わっていくのか。答えは、AIの判断や回答の精度を高める情報を、積極的にAIに提供していくことです。それによって、自分たちが広めたい考え方を市場に浸透させていけます。
私たちであれば、個性的な宿が市場で選ばれる方向に、市場の判断や価値観が動いていってほしいと考えています。そこで、「個性的な宿のほうが満足度が高い」といった情報をたくさん蓄積してAIに渡していきます。「Aというホテルよりも、Bというホテルのほうが満足度が高かった」というデータを大量に提供していけば、市場における「良さ」の定義そのものに、自分たちの考え方を盛り込んでいけるわけです。
AIエージェントを直接消費者に提供できるのは、ビッグテックだけです。それ以外の会社は、AIの回答精度が上がる情報をどんどん提供していく。市場はそういう方向に変わっていくでしょう。
すると、結局どうなっていくのか。現時点では、最後の一つを選ぶのも予約手続きをするのも人間です。しかしそれは、まだ市場のツールが追いついていないだけです。あらゆる消費行動の判断が、事務作業も含めてAIによって行われるようになっていく。これはほぼ確定した未来だと私は思っています。

問い2:AIに推薦してもらうには?
すでにユーザー行動は変わってきている
この半年で、日本でもユーザーの行動が大きく変わってきています。
私たちのグループ会社・水星が金沢で運営するホテル「香林居」について、ユーザーがどのように検索して施設にたどり着いているのかを調べました。すると、次のような結果が出ました。
「金沢 ホテル」というビッグクエリの検索数は、前年比で半分以下に減少
一方で「香林居」という指名検索の減少は、約7%にとどまった
これは、「旅の目的や好みに合うホテルの絞り込みをAIが担い、提案された施設を人間が指名検索して確かめる」という行動への変化だと解釈しています。

AIはどのように宿を推薦しているのか
私たちは、AIエージェントに千回以上にわたってクエリを投げ、推薦の際に参照されている情報源とその順番を分析しました。見えてきたのは次の流れです。
「〇〇なホテル10選!」のようなランキングサイトを参照し、候補リストを作る
リストに含まれる施設の一次情報を探索し、ユーザーのニーズに合っているかを判定する
オンラインのレビューを参照し、一次情報が事実かどうかを確かめる
ユーザーに施設を推薦する
この後、人間が提案された施設を個別に検索して、最終的に選びます。
面白いのは、私たちが普通にWebで調べていたら「胡散臭い」と感じて使わないようなまとめサイトを、AIがめちゃくちゃ使っていたことです。書いている人はおそらくそのホテルに行っていませんよね。でもAIにとってはどうでもいいんです。最初の候補リストに誤りがあっても、後のフィルタリングで除外できます。だから、それが現時点で最も合理的な当たりのつけ方なんです。
そして、提案された数施設を人間が深く調べて、本当に自分に合うものが見つかれば、AIへの信頼はさらに深まっていきます。
皆さんはマーケティングやブランディングで、"イケてるもの"をつくる感性を磨いてこられたと思います。でもAIにはそのバイアスがありません。手段がイケてるかどうかではなく、いま最も合理的かどうかだけで判断して動いています。

分析から見えてきた、そのほかのファクト
分析からは、ほかにも次のような傾向が見えてきました。
OTA上位30施設のうち、50%はAIに推薦されていない。 日本は独立系ホテルが多く、推薦先が分散しやすい市場です。それでも半分は推薦されていません。OTAはこれまで、プロモーションや課金で需要を調整することで価値を生んできました。しかし、その需要調整の力は弱まっていくので、手数料は下がっていくと私は見ています。ただし、何も対策をしなければ、浮いたコストはそのまま顧客への値引き原資になりかねない点には注意が必要です。
安定して推薦されるのは、多様なメディアで取り上げられているホテル。 OTAだけでなく、YouTubeやInstagram、海外向けならRedditも参照されています。AIは動画を100倍速でも処理できるので、テキストと動画の差はありません。
口コミは件数よりスコアが重要。 スコアが低いと、そもそも深く探索する対象から外されてしまいます。まず全体で「合格点」を取っておくことが前提です。

分析結果の詳細はこちら
小手先のAI対策は淘汰される
最初にお話しした2つの行動原理から考えると、AIエージェントはユーザーに対して正直に、最も精度の高い回答を返そうとします。市場もその精度が上がる方向に進化していきます。
皆さんのところにも「AI対策をしましょう」「構造化データを埋め込みましょう」といった営業がたくさん来ていると思います。でも、そうした小手先の手法はいずれ淘汰されます。最後に報われるのは、顧客への提供価値を最大化する努力を続け、それをAIが読める形で発信している企業です。
宿泊施設がとれる2つの基本戦略
その上で、宿泊施設がとれる基本戦略は2つしかないと私は考えています。
一つ目は「目的地として勝つ」戦略です。少し高いお金を払ってでも体験したいと思わせる、比較困難な情緒的価値によって、1泊あたりの粗利を最大化します。
二つ目は「合理的な手段として勝つ」戦略です。特定のユースケースや、ある地域によく訪れるお客さまに向けてプライシングモデルを設計し、顧客の生涯価値を最大化します。たとえば私はソフトバンクを使っていますが、ブランドが好きだからでも、価値観に共感しているからでもありません。PayPayをよく使うので、ポイント還元率が高いからです。多くの客室やアセットを持ち、一つひとつの個性を磨くのが難しい事業者には、こちらの戦略が現実的な選択肢になります。
ですから、目的地化だけが勝ち筋ではありません。ただし、施設数やアセットが少ない事業者にとっては、目的地化が現実的に選べるほぼ唯一の戦略になると思います。

問い3:AIを業務に導入するには?
※私たちは事業者向けのサービスをつくる側にいるので、ここからの話にはポジショントークが含まれます。自分ではフラットに書いているつもりですが、その点は差し引いて読んでください。
まだ焦らなくて大丈夫
業務効率化のためのAI導入は、今はまだまったく焦らなくていいと私は思っています。理由は2つあります。
一つは、AIソリューションを受け入れられる業務基盤がまだ整っていないことです。OTAの問い合わせ対応や電話応対を代行するツールは増えていますが、各システムがAIを前提に設計されていないため、かなり無理やりつくられているのが実情です。その分、導入時の初期設定の負荷が非常に大きくなります。AIが人手不足の解消に欠かせないものになる以上、市場は導入コストが下がる方向に必ず最適化されていきます。だとすれば、今がんばって導入しても、その競争優位はそれほど長続きしないはずです。
もう一つは、早く導入するメリットがほとんどないことです。これは私たちにとって耳の痛い話ですが、リリースから日が浅いソリューションは、実際の運用に耐えられるかがまだわかりません。早く導入しても、「役に立たないかもしれない」リスクを先に引き受けるだけです。皆が使い始めて評価が定まってから取り入れても、決して遅くはありません。
ただし、汎用のAIエージェント(Claude、Gemini、ChatGPTなど)は積極的に触っておくべきです。何ができて、どんな失敗が起き、どんな情報を足せば成功率が上がるのか。その感覚を手元で磨いておかないと、いざ導入するときに判断ができなくなってしまいます。

一方で、今から進めておくべきこと
その一方で、今から取り組んでおいたほうがいいことが2つあります。
一つ目は、AIを導入するためのデータ基盤の整備です。AIがどれだけの業務をこなせるかは、AIがどれだけの情報にアクセスできるかで決まります。就業規則の周辺に部門ごとの業務マニュアルを整備したり、業務データをSlackに集約したりしておけば、精度の高いソリューションが出てきたときに素早く取り入れられます。
二つ目は、AIへの対応が早いツールに乗り換えておくことです。これは業務効率化ではなく、集客、つまり消費者に対する話です。
たとえば、AIが人を介さずに直接予約できる仕組み(MCPサーバー)に対応したツールがあるとします。今はまだほとんど使われていませんが、AIが予約を頼まれたときに予約できるプレイヤーが少なければ、独占的に選ばれる可能性があります。そして「この施設はAIから予約できる」という知識がAIの中に蓄積されていけば、その後も優先的に選ばれるかもしれません。
業務効率化のAIは、導入コストが下がるのを待ってから入れても遅くありません。一方、すでに活用しているツールについては、AI対応はされているに越したことはありませんし、サービスを提供している事業者がそもそもAIに対応できる組織体制になっているかを見極めるべきです。だからこそ、とにかくいち早くAIに対応していくツールを選んで、乗り換えておいたほうが何かといいと考えています。

業務データが、集客を左右する時代へ
これまで、PMSなど現場で使う業務ツールは、マーケティング部門のツールとは分断されていて、集客への影響はほとんどありませんでした。オンライン上の情報が有限で、第三者のデータが信頼されていたからです。
しかし今は、誰でも簡単に情報を生み出せます。noteのようなブログサービスを見ても、AIが書いた文章が9割を超えているのではないかと思うほどです。第三者のレビューや一般の人がつくるデータは、どんどん信頼を失っていくはずです。
そんな中で、業務ツールに蓄積される一次データは、改ざんされていないことが保証されれば、施設の実態を判断するための信頼できる貴重な情報源としてAIに参照されるようになります。
なぜこう言い切れるのか。私たち自身が、この戦略をとれば影響力を高められると確信しているからです。私たちが考えているということは、あらゆるITベンダーも考えているはずです。
だからこそ、データをどこに預けるかが重要になります。市場であなたを勝たせる意思のある事業者にデータを預けるべきです。そうしなければ、これからの世界で優位なポジションを築き、今の事業を存続させていくことは難しくなっていくと私は考えています。
まとめ
AIは、今はまだ使われていない領域にも、基本的にはすべて入り込んでくる。市場のツールもビッグテックも、その方向に便利さを磨いていく
AIに推薦されるには、比較できない価値を磨いて目的地になるか、最も合理的な選択肢になるか
AIアプリの業務導入はまだ少し早い。ただし汎用エージェントは使い倒す
これは既定路線として考えておいたほうがいいと思います。そのうえで宿泊事業者の皆さんに求められているのは、目先のAI対策に飛びつくことではありません。自分たちならではの価値を磨き、それを正しく発信し、一次データを蓄積していくこと。その積み重ねが、AIに選ばれ続ける施設をつくります。

Editor

永田 諒
執筆
CHILLNN CEO。東大卒エンジニアでありCTOも兼任。自らコードを書き、設計から実装まで開発の最前線に立ちながら事業と組織を牽引する。
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